ご祭神(神さまの名前)

句句廼知神(くくぬちのかみ)
宇賀御魂神(うかのみたまのかみ)


祭典

例祭  4月20日
  (本社春大祭に引続き午前10時30分頃より)

堀川戎神社

慶長3年〈1598〉に掘られた天満堀川の堀止めの横(元大阪市水道局の辺り)に榎の大木がありました。いつの頃からか自然に人々はその木に神霊(句句廼知神)が鎮まっていると考え、その根元に祠(ほこら)を作りました。天保9年〈1838〉それまで堀止めとなっていた天満堀川が、大川(淀川)まで延長して掘られて通水した際、役所より榎木神社設立の命令があり、この地に約15坪の土地を得て、天保10年〈1839〉天満堀川両岸12ヶ町の協力により本殿・拝殿が造営され、同時に堀川戎神社末社の稲生(いなり)神社の別魂(宇賀御魂神)を合祀し、以後、稲生神社別魂榎木神社としてお祀りされました。明治40年〈1907〉神社合併政策によって吸収合併され、堀川戎神社境内に移転して祀られていましたが、昭和20年〈1945〉戦災のため焼失。昭和33年〈1958〉境内の現在地に新たに他に類を見ない地車の構造をした彩色欅造りの本殿を再建しました。

ご神徳

堀川戎神社

各地の稲荷社と同じく、穀物 ・食物の神、そして商売繁昌の神として崇敬されています。また、榎木神社は、俗に神さまのお使いが狐ではなく狸(たぬき)という独特の信仰があります。特に「地車(だんじり)稲荷」の通称は、江戸時代より「地車吉兵衛(だんじりきちべえ)稲荷」の名と共に関西一円に名高く、古くから願い事が叶えられると、その夜「地車ばやし」が聞こえると言われています。また願いが叶ったお礼に小さな地車の模型(奉納地車)や絵馬(狸が地車を曳く図柄で有名)を奉納される方が大勢おられ、今に至っても参拝者が絶えません。